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「グーグルが通信インフラになる」「グーグルが消滅する」』とさまざまな可能性を論じ、最後はこういう章で締めくくっている。
「グーグルが神になる」その章はかなりおもしろ半分に書かれているのだが、かいつまんで言えばこんな内容だ。
グーグルによって地球上のすべてのチップのIPアドレスと、GPS(全地球測位システム)による現在位置を検索できるようになる。
すべての瞬間における人間の行動や欲望についての完璧なデータベースが完成する。
「グーグルは『ストロングポット』という新たなパターン認識型ロボットブログラムが目覚めたとき、彼が最初に気づいたのは自分自身の存在だった」これはあまりにSF映画的にすぎるにしても、しかしグーグルが人間の過去の行動や要求などをすべてデータベース化していこうというのは、決して夢物語ではない。
すぐそこに近づいている近未来の現実なのだ。
そのグーグルの未来像は、新しいタイプの監視社会の幕開けとなるかもしれない。
カナダ・クイーンズ大のデイヴィツド・ライアン教授は権力のあり方をテクノロジーの視点から分析し、新たな監視社会像を提示している。
この未来社会像は、ソ連や東欧の中央集権的社会主義体制と重ね合わされて悪夢の未来として考えられるようになった。
パノブティコン「一望監視施設」とも訳され、十八世紀から十九世紀にかけてのイギリス功利主義哲学者、ジエレ-・ベンサムが考案した刑務所施設の名称だった。
中央の監視塔のまわりをぐるりとガラス屋根の囚人棟が放射状に取り巻いており、監視塔からはすべてが見渡せる。
また囚人棟のすべての房からも常に監視塔が見えるため、囚人はいつ自分が監視されているかわからず、結果的に「自分は常に監視されている」という永続的な自覚を生み出すことになる。
哲学者のシェル・フーコーは、こうしたしくみは学校教育など近代社会のすみずみまで浸透し、権力への自発的服従に人を導くと説いている。
国家による監視とマーケティング的な監視が結びつき、監視がネットワーク化されている。
監視されていることさえ気づかない。
ライアン教授は、時代の趨勢はビッグブラザーからアセンブラージュへの移行であり、監視のネットワーク化であると話した。
そしてこのアセンブラージュこそは、司祭グーグルによるデータベースの管理にはかならないように思える。
日本ではここ数年、住基ネットや繁華街の防犯カメラ設置などをきっかけに、「監視社会化」に対する懸念が盛んに語られるようになっている。
住基ネットで政府が国民のデータを管理し、あるいは警察当局が新宿・歌舞伎町に監視カメラを犯罪防止の目的で設置するというニュースが流れるたび、主に市民運動サイドからは「政府が国民を監視する悪夢の監視社会が実現しようとしている」といった反対論がそんなときに必ず語られるのは、ビッグブラザーへの懸念だ。
だがライアン教授の言うる監視社会は「民」が主体になっている。
つまりはグーグルによる管理システムの実現である。
「国家による監視」「権力による国民の管理」といったオーソドックスな監視社会イメージとはほど遠い社会が今、世界に生まれつつあるのだ。
ライアン教授は二〇〇一年に刊行した著書『監視社会』でこう書いている。
「今日、監視は、日常生活の多くの領域で作動しているので、仮にそう望んだとしても、それを避けることはできない。
私たちはまさしくメディアに包み込まれている。
社会的な出会いの大部分、経済的なやりとりの事実上すべてが、電子的な記録・チェック・認証の下にある。
日常生活へのこうした集中的注視の背後には、いかなる単一の作為主体も存在しない。
問題は、近代型の集権化されたパノブティコン的管理ではなく、個人データをかなり自由に流通させる多中心的な監視ネットワークなのである。
大抵の国では、政府システム内の流れは慎重に方向を定められている。
公正な情報の原則がある程度は実践されているわけである。
対照的に、多くの商業データは、あまり抑制を受けずに流通する。
雑多な情報源から得られた個人データが、データベース・マーケティングの膨大な貯蔵庫内で収集・売却・転売される。
こうした多中心的な監視フローは、しばしば情報社会やポストモダニティーの象徴と見倣される金融資本のフローやマスメディアの信号と同じつまりグーグル型の監視システムは、社会のインフラとなってきている」とライアン教授はそう説いているのだ。
もちろんこの本が書かれた当時は、グーグルは設立されていたものの、そうした権力を持つには至っていない。
だがライアン教授の指摘は、あらゆる点で司祭グーグルがコントロールする社会の出現を的確に予測していたように見える。
他にもある。
批評家の東浩紀氏は、京都大学大学院人間・環境学研究科助教授の大澤真幸氏との対談(大澤さんがおっしゃる「第三者の審級」の力がだらだらと弱くなるなか、にもかかわらずこの複雑な産業社会を何とか維持しなければならないという逆説的な要請に応えるために、秩序維持の方法が台頭してきた。
それがセキュリティの発想であり、情報管理の発想だと思うんです。
僕はこれを、シュル・フーコーやジル・ドゥルーズの仕事を参照して、「環境管理型権力」と呼んでいます。
対照的に、大きな物語の共有に基礎を置く従来のタイプの権力は、「規律訓練型権力」と呼んでいます。
環境管理型権力は人の行動を物理的に制限する権力ですが、規律訓練型権力はひとりひとりの内面に規範=規律を植えつける権力です。
言い換えれば、環境管理型権力は多様な価値観の共存を認めているが、規律訓練型権力は価値観の共有を基礎原理にしている)大澤助教授の「第三者の審級」というのは難解な用語だが、ごくわかりやすく説明してしまえば、規範や超越したもののことを指している。
東氏は同じような意味で、上記の発言の中で「大きな物語」という言葉も使っている。
これまでの権力は、みんなが価値観を共有している規範を中心として「これはしてはいけない」「これをしなさい」と命令をする権力だった。
しかし現在の権力は、人々が知らず知らずのうちに行動を限定されたり、特定の行動に向かわされるようなブログラムや機械的なルールによって管理されているというのである。
実のところ、「グーグル八分」というのも、ある種の環境管理型権力の発露と見ることができる。
グーグルは決して、「ホームページはきちんと運営しましょう」といった道徳は口にしない。
しかし、「グーグルの検索結果の存在を認めさせない」というブログラム的な恐怖の縛りによって、ホームページ運営者たちの上に君臨しているのである。
制約を生む権力システムグーグルのコントロールほどこまでも、計算式(アルゴリズム)によって行われている。
グーグルの共同創設者二人はそのようにグーグルのシステムを設計してきたし、「アルゴリズムこそは人を裏切らず、公平で公正なシステムを社会に提供する」という理念を打ち出してきたのだ。
もっともその理念は前にも書いたように、中国政府やアメリカ政府によってねじ曲げられつつある部分もあるのだが。
もし今後、すべての記事や書籍、テレビ番組、映画、ラジオ番組がグーブルによってデータベース化され、さらには個人の行動や購買履歴、出生、学歴などありとあらゆる個人ベースから排除されることは、社会から抹殺されるのと等しくなる。
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